異世界ねこおじさん1話

私が26歳の時だった。

実家暮らしのマンションから駅まで歩く道に一つの公園がある。

その公園は私が家を出る時間にはいつも、一人のおじさんがいた。
"一人"というより、”独り""のほうが近いと思う。

おそらく独身なのかはわからないが、とにかくひとりだった。

おじさんはよくいるハトに餌をあげているような小汚い老人の類ではなく、
少し小綺麗で肉づきの良い初老のおじさんという印象だった。

私が公園の前を通るのは朝8時前後だから、このあたりの住人からすると、この時間には家族のために私のように駅まで向かい電車に乗るといった通勤の人々が多い。

つまりおじさんはお金に困らないはみ出しものといったところである。

私は昔から少し変わったものが好きらしい。

私自身はそういうつもりはないんだけれども、親や友達の何人かに言われたのだからそうなのだろう。

よく変わったものをみると凝視をするクセがあるようで、母親からはよく「そんなもの見てはいけません」とか、「変な人に話しかけられてもついてっちゃだめよ」とか、でかけるたびに言われていた。

確かに女だし、背丈もそこまで高くなく、顔も幼く見られがちなので母親からしたら余計に心配なのだろう。

そんな性格が変わらずに大人になった私は、性懲りもなくそのおじさんを凝視するのが日課になった。


おじさんは私が観察するたびにこちらを向くわけでもなく、なにかに集中しているようだった。

そう、私のもう一つの楽しみは、愛くるしい黒い球体、ねこだ。

おじさんはいつもこの時間、愛くるしいのら猫と遊んでいた。

私もねこを飼っているからわかるが、ねこにエサをやってはついてくるから絶対にあげてはいけないのだ。

そのくろねこを初めて見たときは、一瞬私のねこではないかと疑ったほどだが、どうやら違うようだ。

私の飼っているねこはとても間抜けな老猫であまり動き回らない。

猫はこたつで丸くなるというが、年中丸まっている。

あまりにも丸まっているものだから、あるときは洗濯カゴの中で脱ぎ捨てて丸められた黒のフリースと間違えられて洗濯機で洗われそうになったほどだ。

危うく一命を取り留めたが、そんなことはお構いなしにのんびりとした顔をしているものだから、こちらが呆れ返ってしまった。

そんな話はおいておき、この公園の猫はとても俊敏におじさんに駆け寄るものだから一瞬で見分けがついた。

おじさんはかばんからおもむろに鮭フレークを取り出し、スプーンですくって猫の前に散りばめるのだ。

それをむしゃむしゃと頬張るもんだから見るだけで癒やされた。

5分ほどすると、他の猫がやってきて、おじさんに向かってほしそうにおねだりをしていた。
いつものことだからか、ねこたちもとても礼儀正しく、餌を目の前にケンカをすることはなかった。

おじさんも一匹一匹丁寧にエサをやっており、食べる姿をニコニコと眺めているのだった。

そんな光景を見ているうちに電車の時間が近づく。

癒やしの光景もつかの間、私は満員電車に揺られ、今日の癒やしとストレスでプラマイゼロの気持ちで職場に向かうのであった。


おじさんは日替わりでエサを用意しているようで、あるときは鰹節、あるときは煮干し、あるときは判別のつかないものをあげているようだった。

しばらく経ったある日、私は衝撃の光景を目の当たりにした…。